Author: kusunoki.kyoko

  • 【植物本じまん】フィンランド・森の精霊と旅をする

    【植物本じまん】フィンランド・森の精霊と旅をする

    🍁植物本じまん🍁世界中の木に会いに行きたい夢をそろそろ本気でかなえるために。もう一度、樹木の勉強を“書籍”から学ぶことにした、樹木好きによる「植物・樹木だけの本紹介」コーナーです。 今は東京都で植物専門の本屋さん「草舟あんとす号」を営んでいる友人が、 まだハーブ園で一緒にガーデナーをしていた頃にプレゼントしてくれた本です。 フィンランド・森の精霊と旅をする – Tree People (トゥリー・ピープル) – リトヴァ・コヴァライネン (著), サンニ・セッポ (著) 当時、私のニックネームが「くまさん」だったことから、「この本、ぴったりだと思って」と渡してくれたのを今でも覚えています。 美しい装丁を見ても、彼女のセンスの良さが伝わってきます。 実家の「生涯残したい本棚」に飾っていた一冊でしたが、今回の帰省をきっかけに、もう一度読み返してみることにしました。 この本は、2007年に放映されたNHKスペシャル「世界里山紀行 フィンランド・森と妖精との対話」の原点となった本。 フィンランドの2人の女性写真家が、15年にわたって森や木々と人との関わりを追い続けた記録です。 森林率70%以上ともいわれるフィンランドでは、神話の中にも、暮らしの中にも、当然のように木々が存在しています。 木と共に生きてきた“Tree people(木の民)”としての文化や感覚は、日本人の自然観ともどこか重なるものがあり、とても興味深く感じました。 家には必ず木があり、家族と共に受け継がれていくこと。 熊は森の支配者であり、森そのものでもあること。 その熊への畏敬の念は、アイヌの人々の熊への接し方にも通じるものがあり、人と自然との関係には、国を超えた共通性があるのだと感じます。 作者たちがこの本をつくった背景には、フィンランドで進む森林破壊への危機感がありました。 キリスト教化の中で、家や土地を守る存在として大切にされてきた“聖なる木”は、十字架などのランドマークへと置き換えられていきました。 それでも人々は、木と共にある文化を密かに守り続けてきたといいます。 しかし近代化と経済優先の波の中で、そうした木々は、いとも簡単に伐採されていきました。 そのあとに残るのは、先祖たちが守り続けてきた土地とのつながり、そして文化との断絶なのだと、この本は静かに語りかけてきます。 近年、日本でもメガソーラーや風力発電による森林破壊、大規模な森林火災、熊が里へ下りてくる問題など、森と人との関係が揺らいでいるように感じます。 被害が起きている現実はもちろん深刻ですが、その一方で、「熊を絶滅させればいい」といった極端な言葉を耳にするたび、どこか胸がざわつきます。 もしかしたら今、私たち日本人も、森林と培ってきた大切な関係を、もう一度結びなおせるかどうかの節目に立っているのかもしれません。 そんなことを考えさせられながらも、読み終えるころには、心がぽっとあたたかくなる。 静かで、美しい一冊でした。

  • 【植物本じまん】葉っぱのフレディ

    【植物本じまん】葉っぱのフレディ

    🍁植物本じまん🍁世界中の木に会いに行きたい夢をそろそろ本気でかなえるために。もう一度、樹木の勉強を“書籍”から学ぶことにした、樹木好きによる「植物・樹木だけの本紹介」コーナーをつくってみることにしました。 友人からいただいた一冊の本。 ご実家を手放されるということで、家にあったものをSNSでおすそ分けされていて、思わず名乗りをあげました。 ちょうどその頃、「樹木の本はなんでも読んでみよう」と思っていた時期。まさに、ぴったりのタイミングで手元にやってきました。 葉っぱのフレディ: いのちの旅 レオ バスカーリア (著), みらい なな (翻訳) 出版は1998年。何度も重版され、今では音声版もあるほど、多くの人に読み継がれている本のようです。 アメリカの哲学者レオ・バスカーリア博士によるこの物語は、 「どう生きるか」「どう死ぬか」、そして「死んだあと、どうなるのか」を、やさしく、静かに問いかけてきます。 主人公は一枚の葉っぱ、フレディ。仲間の葉たちとの会話や、季節の移ろいの中で、その一生が描かれていきます。 春に生まれ、夏に成長し、秋に色づき、そして冬に散っていく。 その流れは、まるで私たちの人生そのもののようでもありました。 植物もまた、命ある存在。言葉を持たないけれど、その生き様を通して、私たちは多くのことを受け取っているのだと感じます。 母がこの本を読み、「手元に置いておきたい」と言ったのが印象的でした。 終活を意識する時間が増えている今、この本がそっと寄り添ってくれる存在になっているのだと思います。 人生の節目にある人にとって、静かに背中を支えてくれる一冊なのかもしれません。 そして個人的に気になっているのが、フレディがどんな木の葉だったのか、ということ。 葉の形や色からは「モミジバフウ」が思い浮かびましたが、本の写真には「プラタナス」も登場します。 どちらだろう、と考えてしまうのは、やはり樹木好きの性でしょうか。 けれど、きっと作者が伝えたかったのは、樹木の種類ではなく、「生き方」そのもの。 そう思いながらも、この物語のインスピレーションとなった木々や風景に、いつか会いに行ってみたい—— そんな気持ちが、ふと湧いてきました。

  • 【植物本じまん】木-幸田文

    【植物本じまん】木-幸田文

    🍁植物本じまん🍁世界中の木に会いに行きたい夢をそろそろ本気でかなえるために。もう一度、樹木の勉強を“書籍”から学ぶことにした、樹木好きによる「植物・樹木だけの本紹介」コーナーをつくってみることにしました。 本との再会は、タイミングの合図 先日、ツリークライミング体験会を開いたときのこと。 参加してくださった方が、「この本、知ってます?」と取り出したのが幸田文さんの「木」 でした。 「木」 幸田文 著  新潮文庫  昔読んだ本なのだけれど、今回ツリークライミングに参加することになって、なんとなく気になって、また手にしてみたのだそうです。 その話を聞いたとき、あ、と思いました。 私にとってもこの本は、一度読んだことはあるけれど、流し読みのままで、「いつかもう一度、しっかり読んでおきたい」と心に引っかかっていた一冊だったからです。 これはきっと、「今が読む時期ですよ」という合図。 そう思ってお借りして、あらためて読みました。 木と人、その土地との関係をたどる 読んでみて、やはり借りてよかったと思いました。 樹木が好きな著者が、「樹木に会い、感動をもらいたい」と願いながら訪れた場所で、木と人とのかかわり、土地とのかかわりを丁寧に綴っているからです。 樹木にも、人と同じように生き様がある。そして、それに関わる人にもまた。 北海道から屋久島までを訪ね、時間をかけて書かれたこのエッセイは、1990年に亡くなられた後に世に出た遺作だそうです。 なぜ、樹木に惹かれるのか 父に幸田露伴を持ち、自らを「落ちこぼれ」と称しながらも、少し自虐的で、それでいてどこか粋な言葉で描かれる世界。 気がつくと、共感しながら読み進めている自分がいました。 なぜ樹木に惹かれるのか。その理由を言葉にするのは難しいけれど、この本には、その「心の機微」が確かに描かれています。 読みながら、何度も「そうそう」とうなずいてしまいました。 少しずつ、何度でも読みたくなる一冊 15のエッセイから成るこの本は、短い時間でも少しずつ読み進めることができます。 忙しい日々の中でも、ふと立ち止まって木のことを思い出すような、そんな読書の時間をくれる一冊です。 少しあたたかなまなざしで、日本人と樹木との関係に触れてみたい方に。 おすすめの本です。

  • 【植物本じまん】ドルイドのハーブ事典-ケルトの賢者の薬箱-

    【植物本じまん】ドルイドのハーブ事典-ケルトの賢者の薬箱-

    🍁植物本じまん🍁世界中の木に会いに行きたい夢をそろそろ本気でかなえるために。もう一度、樹木の勉強を“書籍”から学ぶことにした、樹木好きによる「植物・樹木だけの本紹介」コーナーをつくってみることにしました。 ひさびさに、鳥肌が立つくらいワクワクする本に出会いました! 豪華な装丁。紙の断面は金色に塗られています。本を開く前から、すでに森の気配が✨ 胸の奥にしまっていた「世界中の木に会いに行く」という夢が、静かに息を吹き返したような、そんなワクワクでいっぱいになります。 ドルイドのハーブ事典~ケルトの賢者の薬箱~フロランス・ラポルト (著), 林 真一郎 (監修), ダコスタ 吉村 花子 (翻訳) ドルイド・自然療法・ケルトというワードに惹かれる人には、必読の一冊といえるでしょう。 ドルイドとは、古代ケルト社会で祭祀を司り、人々を教え導く賢者のこと。 彼らは自然の声を聴き、植物のエネルギーを利用する術をもち、その知識と業で人々を癒す医術者としての役割も果たしました。 聖職者であり、自然療法士であり、医者であり、教育者でもあった。 とても多才な存在といえるでしょうか。 ドルイドは樹木好きな人たちにとって、憧れの存在です。「10年間、森で修業し、叡智を授かった」といわれるドルイドになりたい、 そう思った人は多いのではないでしょうか。 私もその一人です。「ドルイドが好き!」という人と話していると、かつて古代ケルトに住んでいたのかしら?と思うほどの熱量を感じることがあります。 この本にもそんな熱量を感じるあたり、著者もそうだったのかなあと推測しています。 特に、ドルイド研究の道へ進んだエピソードには引き込まれました! 「内なるドルイド」が呼び起こされた体験。自然の中でインスピレーションを得たことがある人なら、きっと深く理解できるのではないかと思います。 「内なるドルイド」が呼び起こされた著者フロランスが、登録し、学びを深めた団体の活動も気になるところです。 OBOD(Order Of Bards, Ovates & Druids)という団体を調べてみると、多角的に学びを深め、学びの仲間をつくる試みがなされている団体でした。 計画的に学ぶコースもありますが、資料などからでもドルイドの学びを深めることができそうです。OBOD | Order Of Bards, Ovates & Druids | Druidry この本を読んであらためて気づいたのですが、ドルイドやケルトには「野蛮」という印象が植え付けられているのだそうです。 自然療法を学んでいる人にとっては、ケルト文化が自然に畏敬の念をもち、大切にしてきたことはよく知られています。 最近まで、自然を神とした暮らしを育んできたアイヌ民族が差別されてきたように、多数派によって歴史がゆがめられて伝えられるのは、どこの国も同じなのかもしれません。 間違ったドルイド理解を正すために、歴史から文化まで丁寧に書かれた章は、とても読み応えがありました。 以前、メンターから聞いていた「ドルイドの中にあるカテゴリー」の話なども、とてもわかりやすく整理されていました。 ドルイドの解説の後は、植物ごとの紹介がなされている章へと続きます。 ハーブの知識がある人にとっては復習になる内容も多いのですが、それでも、見たことのない用途や意味合いに「なるほど!」と納得できる記述が、あちこちに見つかりました。 個人的に気に入ったのは、アイビーの用途です。アイビーが大好きな友人が腰痛に悩んでいると聞き、さっそくお風呂に入れることをすすめてみました。 そのほかに紹介されている植物も、日本で見かけるものがほとんどです。 畑や庭、近所の自然でよく目にする植物が多いため、とても身近に感じられました。 10数年前、ケルト文化が残るイギリス・ウェールズを訪れたとき、故郷青森や東北に流れる空気感とどこか似たものを感じました。 東北にも、かつて大和朝廷に支配される前、蝦夷が暮らし、独自の文化を育んでいました。 厳しい自然があるからこそ、自然を畏れ、敬ってきた風土。それはケルト文化が残る土地にも通じるものがあります。 ケルトを知ることは、もしかしたら日本を知ることにつながっていくのではないか、そんな風に感じます。…

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